「洋上風力発電の次に来る海洋エネルギーは何か?」——この問いに対する有力な答えが、潮力発電(潮汐発電)と波力発電です。
海は地球表面の約7割を覆い、潮の満ち引きや波のうねりとして膨大なエネルギーを絶え間なく生み出しています。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の推計では、潮力・波力を含む海洋エネルギーの技術的利用可能量は年間約29,500TWhに達し、世界の年間電力消費量を上回る規模です。
しかし商用導入は洋上風力に大きく遅れています。しかも「潮力」という言葉自体が、仕組みの違う複数の技術をまとめて指してしまっている。潮汐式と潮流式では、必要な地形も、日本での可能性も別物です。
以下ではまずこの区別を整理し、なぜ立地が限られると言われるのかを技術ごとに分けて見ます。そのうえで、世界のプロジェクトの実績値から設備利用率を出し、潮力が本当はどの土俵で戦う電源なのかを確かめます。
潮力・波力発電とは?基本的な仕組みと背景
潮力発電と波力発電は、いずれも海洋の運動エネルギーを電力に変換する再生可能エネルギー技術です。太陽光や風力と異なり、海のエネルギーは昼夜を問わず存在し、特に潮汐は天文学的に高精度で予測可能という決定的な強みを持っています。
潮力発電(潮汐発電)の仕組み——月と太陽が生む確実なエネルギー
潮力発電は、月と太陽の引力によって生じる潮の満ち引き(潮汐)の水位差や潮流を利用して発電する技術です。大きく分けて以下の3種類があります。
- 潮汐堰式(バラージ式):湾や河口にダムのような堰を設けて水位差を作り、水力タービンを回す方式。フランスのランス潮汐発電所(出力240MW・1966年稼働開始)が世界初の大規模事例です。
- 潮流発電:海峡や水道の強い潮の流れで水中タービンを回す方式。風力タービンの水中版とイメージでき、近年最も研究開発が活発な分野です。
- 潮汐ラグーン式:沿岸に人工のラグーン(潟湖)を建設し、外海との水位差で発電する方式。環境影響が比較的小さいとされています。
潮汐のサイクルは1日約2回(約12時間25分周期)であり、数十年先まで正確に予測できます。この「予測可能性」は、太陽光や風力にはない海洋エネルギー最大の利点です。
なぜ「場所が限られる」のか——潮汐式と潮流式で条件が違う
潮力発電は立地を選ぶ、とよく言われます。ただしこの一文は、潮汐式と潮流式で当てはまり方が違います。
潮汐堰式に必要なのは、大きな潮位差と、堰を築ける湾や河口の地形の両方です。潮位差が小さければ落差が取れず、開けた海岸線では堰そのものが作れません。世界で大規模な潮汐発電所がラ・ランスや韓国のシファ湖など数えるほどしかないのは、この二条件を同時に満たす場所が限られるからです。
潮流式は条件が違います。要るのは潮位差ではなく流速で、島と本土のあいだのように断面が狭まって流れが集中する水道が向きます。MeyGenがスコットランド北端のペントランド湾に置かれているのはそのためです。日本にも同じ地形は珍しくなく、五島列島や鳴門海峡が候補に挙がります。
つまり「潮力発電は場所が限られる」は、潮汐式には強く、潮流式にはそれほど強くは当てはまりません。二つを分けずに論じると、日本のポテンシャル評価を実際より低く見積もることになります。
波力発電の仕組み——波のうねりを電気に変える技術
波力発電は、風によって海面に生じる波(うねり)のエネルギーを電力に変換する技術です。波は風が吹き続ける限り発生し、太陽光の約1,000倍のエネルギー密度を持つとされています。主な方式は以下の3つです。
- 振動水柱(OWC)式:波の上下動によって空気室内の空気が押し出され、空気タービンが回転する方式。構造がシンプルで耐久性に優れます。
- 越波式:波が装置を乗り越えて高い位置の貯水槽に水が溜まり、その落差で水力タービンを回す方式。
- 可動物体式:波の力で浮体や可動部品が上下・前後に揺れる運動を油圧や発電機で電力に変換する方式。ピラミス(Pelamis)型などが有名です。
波力は潮汐と比べて変動が大きいものの、エネルギー密度が高く、特に外洋に面した海岸線の長い国(日本、イギリス、ポルトガルなど)にとってポテンシャルが大きい資源です。
洋上風力発電との違い——なぜ「第三の海洋再エネ」と呼ばれるのか
洋上風力発電が「風」を利用するのに対し、潮力・波力発電は「海水の動き」を直接エネルギー源とします。最も大きな違いは予測可能性と安定性です。風速は数時間後の予測も難しいことがありますが、潮汐は数十年先まで予測可能であり、電力系統への統合が格段に容易です。
また、波力・潮力発電装置は海面下または海面上の低い位置に設置されるため、景観への影響が小さく、洋上風力よりも社会的受容性が高い可能性があります。洋上風力が急拡大する中、電源の多様化とベースロード電源の確保という観点から、潮力・波力は「第三の海洋再エネ」として戦略的重要性を増しています。
市場はまだ小さい——数字の桁を先に押さえる
世界の潮力・波力発電市場は、まだ「実証から初期商用化への移行段階」にありますが、ここ数年で加速度的に動きが活発化しています。
グローバル市場規模と成長予測
Allied Market Researchの調査によると、世界の潮力発電市場規模は2023年時点で約5億ドルであり、2032年には約18億ドルに成長すると予測されています(年平均成長率約15%)。波力発電市場もほぼ同規模の成長が見込まれています。
まだ洋上風力発電(2023年時点で約500億ドル超)と比べると規模は小さいものの、技術の成熟とコスト低減が進めば、2030年代に急成長する可能性を秘めた「初期段階の有望市場」です。
世界の先進プロジェクト——イギリス・フランス・韓国の事例
イギリスは潮力・波力発電の世界的リーダーであり、スコットランドのオークニー諸島にあるEMEC(欧州海洋エネルギーセンター)は、複数の実証デバイスを同時にテストできる世界最大級の海洋エネルギー試験場です。Orbital Marine Power社の浮体式潮流タービン「O2」(出力2MW)は、2021年から商用規模の発電を開始し、約2,000世帯分の電力を供給しています。
フランスのランス潮汐発電所は1966年から稼働を続けており、出力240MWという大規模潮汐発電の実績を約60年間にわたって維持しています。長期運用データの蓄積は、潮力発電の信頼性を証明する世界的な実証事例です。
韓国は始華湖(シファホ)潮汐発電所(出力254MW・2011年稼働)を建設し、ランスを超えて世界最大の潮汐発電所となりました。韓国政府は海洋エネルギーを再生可能エネルギーミックスの一角に位置づけ、さらなる拡大を計画しています。
EU・イギリスの政策支援と資金フロー
EUは「Clean Energy Transition Partnership」の枠組みで海洋エネルギーの研究開発に数億ユーロ規模の資金を投入しており、2030年までに潮力・波力の発電コストを大幅に引き下げることを目標としています。イギリスは2022年にCfD(差額決済契約)制度に潮流発電と波力発電を独立枠として組み込み、専用の電力買取価格(ストライクプライス)を設定しました。この政策支援が、民間投資を呼び込む強力なシグナルとなっています。
「予測できる」は「たくさん出る」ではない——設備利用率で見る実力
潮汐の最大の売りは予測可能性です。ただ、予測できることと量が出ることは別の話です。実績値で確かめます。
MeyGenとラ・ランスの実績から利用率を出す
スコットランドのMeyGen(ペントランド湾インナーサウンド)は1.5MWのタービン4基で定格6MW、2023年の年間正味発電量は10.2GWhでした。定格のまま1年間回した場合は6MW×8,760時間=52.56GWhですから、設備利用率はおよそ19%になります。
フランスのラ・ランス潮汐発電所は定格240MW、年間発電量は約6億kWh。同じ計算でおよそ29%です。1966年稼働の設備が半世紀以上この水準で動き続けている点は評価に値しますが、数字そのものが飛び抜けて高いわけではありません。
比較の目安として、洋上風力はおおむね30〜40%、日本の太陽光は13〜15%程度です。潮力は太陽光より上、洋上風力より下という位置に収まります。
だから競争すべき土俵が違う
ここから読めるのは、潮力の価値が「量」ではなく「いつ、どれだけ出るかが事前に分かる」ことにある、という点です。系統運用の側から見れば、出力を読める電源は変動再エネが増えるほど価値が上がります。逆に言えば、kWhあたりの単価だけで洋上風力と比べても勝てません。潮力を評価するときは、発電量そのものではなく需給調整コストをいくら減らせるかを見るべきです。
なおMeyGenは段階開発で、最終的に最大398MW規模の構想を持ちます。フェーズ1は2020年時点で累計37GWhを超える送電実績を積んでいます。
参考:MeyGen Tidal Energy Project|tethys.pnnl.gov
日本の現在地——ポテンシャルはあるが実証が続かない
四方を海に囲まれた日本は、潮力・波力発電のポテンシャルが極めて高い国の一つです。しかし実際の導入は海外に大きく後れを取っています。
日本の潮力・波力ポテンシャル——世界第6位のEEZが持つ可能性
日本のEEZ(排他的経済水域)は世界第6位の広さを持ち、海岸線の総延長は約35,000kmに達します。環境省の調査によると、日本近海の波力エネルギーの賦存量は年間約36GW相当と推計されており、原子力発電所約36基分に匹敵する潜在力です。
また、鳴門海峡や関門海峡、来島海峡などの海峡部では強い潮流が発生しており、潮流発電の適地が複数存在します。日本は「海洋エネルギーの資源大国」でありながら、その活用はまだほぼ手つかずの状態です。
NEDOと国内企業の実証プロジェクト
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、海洋エネルギーの実用化に向けた研究開発を推進しています。長崎県五島市沖では波力発電の実証試験が行われ、IHIは水中浮遊式海流発電システム「かいりゅう」の実証に成功しています。「かいりゅう」は黒潮のような海流を利用する独自技術であり、日本の地理的な条件を活かしたアプローチです。
九州大学や東京大学の研究グループも振動水柱式波力発電装置の研究を進めており、産学官連携による技術開発が加速しています。
日本が直面する3つの課題
日本の潮力・波力発電の普及を阻む主な課題は以下の3つです。
- 発電コストの高さ:現時点ではLCOE(均等化発電原価)が太陽光や洋上風力の数倍にのぼり、経済的競争力が不足しています。量産効果と技術革新によるコスト低減が必須です。
- 海洋環境の厳しさ:台風、塩害、生物付着(バイオファウリング)など、日本特有の過酷な海洋環境に耐える装置の開発が求められます。
- 法制度と系統接続:海洋エネルギー専用のFIT(固定価格買取制度)やCfD制度が整備されておらず、事業者にとって収益の見通しが立ちにくい状況です。系統接続のルールも洋上風力ほど明確になっていません。
投資対象として見たときの論点——誰が最初の商用案件を取るか
潮力・波力発電はまだ市場が小さいからこそ、「アーリーステージの投資機会」としての魅力があります。
注目される技術スタートアップとサプライチェーン
イギリスのOrbital Marine Power、スウェーデンのCorPower Ocean、アイルランドのOceanEnergy——これらのスタートアップが開発する次世代デバイスは、ベンチャーキャピタルやインパクト投資家の資金を集めています。日本でも、三井海洋開発(MODEC)や川崎重工業が海洋エネルギー関連技術の開発を進めており、サプライチェーンの国内構築が始まっています。
タービン製造、係留システム、海底ケーブル、O&M(運転保守)など、裾野の広い産業エコシステムが形成されつつあり、洋上風力の知見を転用できる領域も多く存在します。
ESG投資・ブルーボンドとの親和性
海洋エネルギーは、CO2排出がゼロであることに加え、海洋環境との共生が求められる技術であるため、ESG投資やブルーボンドとの親和性が極めて高い分野です。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みにおいても、海洋資源を活用したクリーンエネルギーへの投資は高い評価を受ける対象です。
日本のブルーボンド市場が拡大する中、潮力・波力発電プロジェクトはESGファイナンスの新たな受け皿となる可能性があります。
今後の展望とまとめ
潮力・波力発電は、洋上風力発電に続く「次世代海洋再生可能エネルギー」として、2030年代の本格商用化が見込まれる有望分野です。その最大の強みは、潮汐の予測可能性と波の高エネルギー密度にあり、電源ミックスの多様化とベースロード電源の確保に貢献します。
世界ではイギリス・フランス・韓国がリードし、EUのCfD制度や研究開発資金の投入が民間投資を呼び込む好循環を生み出しています。一方、日本はEEZ世界第6位の海洋資源大国でありながら導入は初期段階にとどまっており、FIT/CfD制度の整備、耐環境技術の開発、系統接続ルールの明確化が急務です。
2050年カーボンニュートラルの達成に向けて、洋上風力だけに頼らない多様な海洋エネルギーの活用が求められる中、潮力・波力発電への投資と政策支援を今から強化しておくことが、将来の日本のエネルギー安全保障を左右する重要な一手となるでしょう。
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Ken’s eye
市場規模が2023年時点で約5億ドル。同じ記事に書かれている洋上風力の約500億ドルと比べれば100分の1である。この分野を「有望市場」として設計すると規模を見誤る。正しくはニッチ市場であり、勝ち方もニッチのそれになる。
- 2032年に18億ドルへ成長しても、洋上風力の現在地の30分の1にすぎない。 年平均成長率15%という数字だけを見ると魅力的に映るが、分母が小さい成長率は投資判断の材料にならない。サプライチェーンを新設して回収できる規模ではないため、部材や施工は洋上風力と共用できる領域に限るのが現実的だ。専用装置に賭ける戦略は、量産効果が働く前に資金が尽きる。
- ランス潮汐発電所が1966年から約60年動いているのに、後継がほとんど現れていない。 240MWという実績と長期運用データがありながら世界的に普及しなかった事実は、技術の成否ではなく立地条件の問題を示している。潮汐堰式は湾や河口を堰き止めるため、適地が限られ環境影響も大きい。技術が確立していることと、展開できることは違う。韓国の始華湖が254MWで世界最大という状況が数十年変わっていない点も同じ示唆だ。
- エネルギー密度が太陽光の約1,000倍でも、比較すべきはLCOEである。 密度が高いことは装置を小型化できる可能性を示すが、その装置は塩害と波浪と生物付着にさらされ続ける。優位はO&Mコストで相殺されやすい。導入判断の場で並べるべきは密度の倍率ではなく、実測の設備利用率と年間保守費用だ。
- 日本での現実解は、系統への大量投入ではなく離島のディーゼル置換である。 全国の電源構成を動かす規模には届かないが、燃料を船で運んでいる離島では競争相手が変わる。Orbital Marine PowerのO2が2MWで約2,000世帯を賄う規模感は、まさに離島の需要と噛み合う。狙うべき市場は本土の系統ではない。
見るべき先行指標: EMECでの実証機の稼働率と保守実績/離島マイクログリッドでの海洋エネルギー採用件数/潮流発電のLCOE公表値/洋上風力との部材共用の進展

