「日本の電力を海の風でまかなう」——かつてはSFのような話に聞こえたかもしれません。しかし2025年現在、海上の風力発電(洋上風力発電)は着実に現実へと近づいています。
日本政府は2020年の「洋上風力産業ビジョン」で、2040年までに30〜45GWの洋上風力発電を導入するという野心的な目標を掲げました。
これは原子力発電所およそ30〜45基分に相当する規模です。秋田県沖では国内初の大規模商業運転がすでにスタートし、長崎県五島市沖では世界でも先進的な浮体式洋上風力の実証が進んでいます。
一方で、「コストは本当に下がるのか」「漁業者との共生は可能なのか」「台風や地震への対策は十分なのか」「そもそも自分たちの電気代に影響はあるのか」といった疑問も尽きません。
この記事では、海上の風力発電の基本的な仕組みから、着床式・浮体式の違い、日本の政策動向、コスト構造、5つの課題と4つのメリット、そして将来の電気代への影響まで、一気通貫で解説します。エネルギー政策やESG投資に関心を持つビジネスパーソンはもちろん、再エネの基礎を押さえたい方にとっても、必要な情報を網羅しました。
海上の風力発電とは?基礎から理解する仕組みと特徴
海上の風力発電(洋上風力発電)とは、海の上に巨大な風車(風力タービン)を設置し、海上の風の力を利用して電気を生み出す発電方式です。陸上の風力発電と基本原理は同じですが、海上ならではの強くて安定した風を活用できるため、発電効率が格段に高いのが最大の特徴です。
海上の風力発電の仕組み——風が電気に変わるまで
洋上風力タービンの仕組みはシンプルです。海上を吹く風がブレード(羽根)を回転させ、その回転力がナセル(風車の先端にある機械室)内部の増速機でギアによって回転数を高められ、発電機を駆動して電力を生み出します。
陸上と大きく異なるのは、発電した電気を届ける方法です。生成された電力は海底ケーブルを通じて陸上の変電所へと送電されます。風車1基あたりの出力が大きいため、洋上変電所で電圧を高めてから海底ケーブルで陸上へ送る仕組みが一般的です。海底ケーブルの敷設には高額な費用がかかり、海底地形や潮流の影響を受けるため、プロジェクトのコスト構造を左右する重要な要素となっています。
最新の大型洋上風力タービンは、ブレード1枚の長さだけで100メートルを超え、ローター(回転部分)の直径は200メートル以上に達します。Vestas社のV236-15.0 MWタービンは、1基あたりの定格出力が15MWに達し、年間約8万世帯分の電力を供給できるとされています。まさに「海の上に立つ巨大な発電所」といえるスケールです。
陸上風力発電との3つの決定的な違い
海上の風力発電が陸上と根本的に異なるのは、次の3点です。
1つ目は「風の質」です。海上には建物や山などの障害物がないため、風速が速く、乱流(風の乱れ)が少なくなります。IRENA(国際再生可能エネルギー機関)のデータによると、洋上風力の設備利用率(実際に発電する時間の割合)は平均40〜50%に達し、陸上風力の25〜35%を大きく上回ります。風力発電の出力は風速の3乗に比例するため、わずかな風速差が発電量に大きな違いを生みます。
2つ目は「設備のスケール」です。陸上では輸送ルート(道路幅や橋の高さ)の制約がありますが、海上では船舶で部材を輸送するため、ブレードやタワーの大型化に物理的制約がほとんどありません。現在主流の大型洋上風車は1基あたり8〜15MW級の出力を持ち、陸上の2〜5MW級と比べて格段に大きな発電能力を備えています。
3つ目は「騒音・景観問題の少なさ」です。沿岸から数km〜数十km沖に設置するため、住民との景観・騒音トラブルが大幅に低減されます。陸上では周辺住民から低周波音への懸念や景観を損なうとの声が上がることも少なくありませんが、海上では生活圏から十分に離れているため、プロジェクトの合意形成もスムーズに進みやすいのが利点です。
世界の導入状況を数字で見る——75GWを突破した現在地
GWEC(世界風力エネルギー会議)の「Global Wind Report 2024」によると、世界の洋上風力発電の累計導入量は2023年末時点で約75.2GWに到達しました。わずか10年前(2013年)には約7GWだったことを考えると、10倍以上の急成長です。
国別では、中国が約37.8GWで圧倒的な世界1位を占め、2023年だけで約6.3GWを新規導入しました。次いでイギリス(約14.7GW)、ドイツ(約8.5GW)、オランダ(約4.7GW)が続きます。欧州は政策面で先行し、中国が圧倒的な建設スピードで追い抜いた構図です。
日本の導入量は2024年時点でまだ約170MWにとどまっており、世界的に見ると黎明期にあります。しかし、EUは2030年までに60GW、ドイツ単独でも2040年までに40GWの導入目標を掲げており、アジアでも韓国・台湾・ベトナムで大型プロジェクトが計画されるなど、海上の風力発電はグローバルなエネルギー転換の柱として位置づけられています。
着床式と浮体式——2つの設置方式を徹底比較
海上に風車を設置する方法は、風車を海にどう固定するかによって大きく「着床式」と「浮体式」の2つに分類されます。この違いを理解することが、日本における海上の風力発電のポテンシャルを正しく評価するための鍵となります。
着床式——欧州で実績を積んだ主流技術とは
着床式は、風車の基礎構造物を海底に直接打ち込んで固定する方式です。現在、世界の洋上風力発電のおよそ95%以上がこの着床式で建設されています。
代表的な基礎構造としては、1本の鋼管杭を海底に打ち込む「モノパイル式」、コンクリートの重量で風車を安定させる「重力式」、鋼管を三角形や四角形に組んだ「ジャケット式」などがあります。なかでもモノパイル式は構造がシンプルで施工実績も豊富なため、欧州の北海を中心に最も多く採用されてきました。
着床式が適しているのは、一般的に水深50〜60メートル程度が限界とされています。デンマークが1991年に世界初の洋上風力発電所を建設して以来、北海やバルト海のように遠浅の海域が広がる欧州で大規模展開が進みました。技術的に成熟しており、建設ノウハウやサプライチェーンが確立されていることが大きな強みです。ただし、日本のように海岸線からすぐに水深が深くなる地形では、着床式だけでは設置できるエリアが極めて限られてしまいます。
浮体式——日本の切り札となる次世代技術の仕組み
浮体式は、風車を海面に浮かぶ「浮体構造物」の上に載せ、アンカーとチェーン(係留索)で海底に繋ぎ止める方式です。海底に基礎を打ち込む必要がないため、水深100メートルを超える深い海域でも設置可能という決定的な強みがあります。
浮体構造にもいくつかのタイプがあり、半潜水型の「セミサブ式」、円筒形の浮体を深く沈める「スパー式」、平底の「バージ式」、海底に張力で引っ張る「TLP式(テンション・レグ・プラットフォーム)」などが開発されています。
日本の排他的経済水域(EEZ)は世界第6位の約447万平方キロメートルを誇りますが、その大部分は水深50メートルを超える海域です。着床式では活用できない深海域に風車を立てられる浮体式は、まさに「日本の切り札」ともいえる技術です。さらに、浮体構造物は港で組み立てて海上へ曳航できるため、海底地形を選ばず「工業製品として大量生産できる」点が着床式にはない大きな可能性です。GWEC(2024)は、2030年代に浮体式の商用化が本格化すると予測しています。
比較表で一目瞭然!着床式と浮体式の違い
| 比較項目 | 着床式 | 浮体式 |
|---|---|---|
| 基礎の固定方法 | 海底に直接打ち込み | 浮体を係留索で海底に繋留 |
| 適用水深 | 〜約50〜60m | 50m以上(100m超も可能) |
| 技術成熟度 | 高い(商用実績多数) | 発展途上(実証・初期商用段階) |
| 発電コスト | 相対的に安い | 現時点では着床式の1.5〜2倍程度 |
| 量産性 | 海底地形に合わせた設計が必要 | 港で組立・曳航可能で量産向き |
| 日本での適用可能性 | 限定的(遠浅海域が少ない) | 非常に高い(EEZの大部分で適用可能) |
| 代表的な事例 | 秋田県能代市・三種町・男鹿市沖 | 長崎県五島市沖(実証→商用化) |
参考:日本でも、海の上の風力発電を拡大するために|資源エネルギー庁
日本の海上風力発電はどこまで進んでいる?最新の政策動向を解説
世界から大きく出遅れた日本ですが、2019年以降、政策面でのギアチェンジが急速に進んでいます。海上の風力発電は、国のエネルギー政策の中でも「切り札的な位置づけ」を明確に与えられています。
「2030年10GW・2040年30〜45GW」——政府目標の中身と意味
2020年12月に官民協議会が策定した「洋上風力産業ビジョン(第1次)」では、2030年までに10GW、2040年までに30〜45GWという導入目標が掲げられました。10GWは大型風力タービン(15MW級)に換算すると約667基に相当し、30〜45GWは約2,000〜3,000基という途方もない規模です。
経済産業省の試算では、この目標が実現した場合の経済波及効果は年間約1.2〜1.6兆円に達し、関連する雇用創出は約8万〜15万人と見込まれています。洋上風力は単なるエネルギー政策にとどまらず、日本の産業政策・地方創生の柱として位置づけられています。
再エネ海域利用法と促進区域指定の最新状況
日本で海上の風力発電を本格的に推進するための法的基盤が、2019年4月に施行された「再エネ海域利用法」です。この法律により、国が有望な海域を「促進区域」に指定し、公募で事業者を選定するプロセスが制度化されました。
2025年3月時点で、促進区域として指定済みの海域は秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖、長崎県西海市・江島沖など複数に上ります。さらに「有望な区域」として検討が進められている海域は全国に10か所以上あり、北海道・山形県・新潟県・福岡県など、全国への展開が見え始めています。
ラウンド1(2021年12月結果発表)では、3海域で三菱商事グループが、長崎県西海市・江島沖では戸田建設を含むコンソーシアムが発電事業者に選定されました。ラウンド2(2023年12月・2024年3月結果発表)では、秋田県男鹿市・潟上市・秋田市沖をJERA・電源開発などのコンソーシアムが、新潟県村上市・胎内市沖を三井物産・大阪ガスなどのコンソーシアムが落札しています。ラウンド3以降の公募も進められており、入札プロセスの積み重ねが本格普及を後押ししています。
秋田・千葉・長崎——国内の注目プロジェクト3選
日本の海上の風力発電を語るうえで外せない3つのプロジェクトを紹介します。
1. 秋田県能代市・三種町・男鹿市沖:丸紅を中心としたコンソーシアムが開発を進め、2024年末までに出力約140MWの着床式洋上風力が全基運転開始しました。日本初の大規模商業洋上風力として、業界にとって重要なマイルストーンです。
2. 千葉県銚子市沖:東京電力リニューアブルパワーらが事業者として選定され、出力約390MWの大型プロジェクトが計画されています。首都圏に近い立地は、電力需要地との距離が短いという送電面での優位性があります。
3. 長崎県五島市沖:戸田建設が中心となり、2013年から日本初の浮体式洋上風力(2MW級)の実証を行い、10年以上の運転実績を蓄積。この知見を活かし、商用規模への拡大が進められています。浮体式の実績では日本が世界的にも先行している領域です。
参考:2025年、日本の洋上風力発電~今どうなってる?これからどうなる?~|資源エネルギー庁
海上の風力発電のコスト構造——本当にペイするのか?
海上の風力発電への投資を検討するうえで、最も気になるのがコストの問題です。「海の上に風車を建てるなんて高すぎるのでは?」という疑問は当然ですが、世界の実績を見ると、コスト低減のスピードは多くの専門家の予想を上回ってきました。
建設コストと発電コストの内訳を解説
洋上風力発電のコストは、大きく「建設コスト(CAPEX)」と「運転・維持コスト(OPEX)」に分けられます。建設コストの主な内訳は、タービン本体(約30〜40%)、基礎構造物(約20〜25%)、海底ケーブル・系統接続(約15〜20%)、設置工事・輸送(約15〜20%)です。
発電コストの指標としてよく使われるのがLCOE(均等化発電原価)です。LCOEとは、発電所の建設から廃止までの全コストを、生涯発電量で割った「1kWhあたりの発電コスト」のことです。IRENA(2024)によると、世界の洋上風力の加重平均LCOEは2023年時点で約0.075ドル/kWh(約11円/kWh)まで低下しています。これは2010年の約0.188ドル/kWh(約28円/kWh)から、わずか13年で約60%の低減を達成した計算です。
欧州でコストが劇的に下がった3つの理由
欧州、特にイギリスやデンマーク、オランダでLCOEが急速に下がった背景には、3つの構造的要因があります。
第一に、タービンの大型化です。1基あたりの出力が3〜4MW(2010年代前半)から12〜15MW(2020年代)へと飛躍的に向上。基数が減ることで基礎工事・設置コストが大幅に削減されました。
第二に、サプライチェーンの成熟です。専用の設置船(SEP船)、港湾インフラ、メンテナンス体制が整備され、建設工期の短縮と効率化が進みました。
第三に、競争入札制度の導入です。イギリスのCfD(差額決済契約)制度やオランダのゼロ補助金入札など、競争原理を導入したことでコスト低減圧力が強力に機能しました。
日本のコスト低減シナリオと目標
日本は欧州に比べてサプライチェーンが未成熟であり、現時点のLCOEは欧州の1.5〜2倍程度とされています。政府の「洋上風力産業ビジョン」では、2030〜2035年までにLCOEを8〜9円/kWhまで引き下げる目標が掲げられています。
この実現には、国内サプライチェーンの構築、基地港湾の整備、そして継続的なプロジェクトパイプライン(案件の積み上がり)によるスケールメリットの獲得が不可欠です。この水準が実現すれば、火力発電と十分に競合でき、電力市場全体の価格低下に寄与する可能性があります。
参考:洋上風力発電関連制度|なっとく!再生可能エネルギー|資源エネルギー庁
海上の風力発電が抱える5つの課題とリスク
海上の風力発電は巨大なポテンシャルを持つ一方で、日本特有の課題や構造的なリスクも数多く存在します。事業者・投資家・政策立案者のいずれにとっても、これらの課題を正確に把握することが意思決定の大前提となります。
漁業権との調整と地域共生の難しさ
日本の沿岸海域では、漁業協同組合が漁業権を持っています。海上に風力発電設備を建設すると、漁場の利用制限や海底工事による生態系への影響が懸念されるため、漁業者との合意形成が不可欠です。秋田県の事例では、地元漁業者との協議に数年を要したケースもあります。
再エネ海域利用法では「利害関係者からなる協議会」の設置が義務付けられていますが、合意形成プロセスの長期化はプロジェクト全体のスケジュールリスクとなります。先行する欧州のプロジェクトでは、洋上風力発電所の周辺を漁業と共用するゾーニング手法や、漁業振興基金の設立といった共存モデルが実践されており、日本でもこうした制度設計を参考にした取り組みが進められています。
環境アセスメントに4年以上かかる問題
大規模な洋上風力発電プロジェクトの実施に先立ち、環境影響評価(環境アセスメント)が法的に義務付けられています。鳥類への影響(バードストライク)、海洋生物への水中騒音、景観への影響など、多岐にわたる調査が必要であり、その手続きには通常4〜5年以上を要します。
一方で、海中に設置された基礎構造物が魚礁のように機能し、周辺に新たな生態系が形成される「リーフ効果」も報告されています。環境への影響は一概にマイナスとはいえず、プラス面を含めた総合的な評価が求められます。欧州の一部の国では手続きの簡素化・迅速化が進んでおり、日本でもアセスメントの合理化が政策課題として議論されています。
サプライチェーンと港湾インフラの整備遅れ
洋上風力タービンの部品(ブレード・タワー・ナセル)は、いずれも巨大かつ重量物です。これらを組み立て・積み出しするための「基地港湾」には、大型クレーン、十分な岸壁強度、広大なヤード面積が求められます。国土交通省は秋田港・能代港・鹿島港・北九州港を基地港湾として指定し、整備を進めていますが、2030年目標の10GWを達成するためには、さらなる港湾の増強と国内製造拠点の確立が急務です。
送電網の整備と系統接続問題
洋上で発電した電力を消費地へ届けるには、海底ケーブルと陸上の送電網(系統)が必要です。しかし日本の電力系統は、もともと大規模な再エネ導入を想定した設計ではないため、北海道・東北・九州などの有望な風力適地から首都圏・関西圏への送電容量が不足しています。広域送電網の整備には、数兆円規模の投資と10年以上の工期が見込まれており、系統問題は海上の風力発電の大規模導入における最大のボトルネックの一つです。
台風・地震——日本固有の自然災害リスク
日本は、欧州にはない台風と地震という自然災害リスクを抱えています。最大瞬間風速70m/s超の台風が通過する海域に風車を設置するには、タービンや基礎構造物に欧州基準を上回る耐久性が求められます。地震による海底地盤の変動リスクも考慮が必要です。
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、日本の気象・海象条件に対応した設計ガイドラインの策定や、耐台風型タービンの技術開発を進めています。これらの技術的知見は、同様の気象条件を持つ台湾や東南アジアへの展開という「日本の強み」に転じる可能性も秘めています。
参考:新法施行後、「洋上風力発電」に向けた動きは今どうなっている?|資源エネルギー庁
海上の風力発電がもたらす4つのメリットと経済効果
課題は多いものの、海上の風力発電が日本にもたらす恩恵は非常に大きいと考えられています。環境面・経済面・安全保障面・産業波及の4つの視点から、具体的なメリットを整理します。
脱炭素社会の実現を加速するクリーンエネルギー
洋上風力発電は、運転中にCO2を一切排出しないクリーンエネルギーです。IPCCの評価によると、洋上風力のライフサイクル全体でのCO2排出量は約12g-CO2/kWh程度であり、石炭火力(約820g-CO2/kWh)やLNG火力(約490g-CO2/kWh)と比較して圧倒的に低い水準です。日本が2050年カーボンニュートラルを達成するためには、電力部門の脱炭素化が不可欠であり、大規模な洋上風力の導入はその中核的な手段となります。
地域経済への波及効果と雇用創出の実態
海上の風力発電プロジェクトは、建設段階から運転・保守段階まで、20〜30年にわたって地域に経済効果をもたらします。秋田県では、能代港・秋田港周辺に風力関連企業の集積が始まり、港湾の利用料収入や作業員の宿泊・飲食需要が地域経済を押し上げています。
日本風力発電協会(JWPA)の試算によると、洋上風力30GW導入時の国内調達比率を60%まで高めた場合、年間の経済波及効果は約1.3兆円、累計雇用創出効果は約8.4万人に達するとされています。特に運転・保守(O&M)フェーズでは、20〜30年にわたり地元の人材が継続的に必要とされるため、一過性ではない安定した雇用が期待できます。
エネルギー安全保障の強化につながる理由
日本のエネルギー自給率は、2022年度時点で約12.6%と先進国の中でも極めて低い水準にあります。化石燃料の大部分を中東やロシアからの輸入に依存しており、地政学リスクの影響を受けやすい構造です。海上の風力発電は「風」という国産エネルギー源を活用するため、燃料輸入に頼らず、国内で安定的に電力を生み出すことができます。エネルギー安全保障の観点からも、洋上風力の導入拡大は戦略的に極めて重要です。
水素製造・海洋テックへの産業波及
海上の風力発電の大規模導入は、電力供給だけにとどまらない産業波及効果を持っています。特に注目されているのが、洋上風力で発電した電力を使ってグリーン水素を製造する構想です。再生可能エネルギーの電力で水を電気分解し、CO2を排出しない「グリーン水素」を生産することで、運輸・鉄鋼・化学などの脱炭素が困難なセクターにもクリーンエネルギーを供給できるようになります。
また、洋上風力の建設・運用を支える海洋ロボティクス(水中ドローン・AUV)や海洋センシング技術、デジタルツイン(仮想空間上でのシミュレーション技術)などの海洋テック領域にも、大きな投資と技術革新が波及しています。海上の風力発電は、日本の海洋産業全体を底上げするプラットフォームとしての役割を担い始めているのです。
参考:洋上風力発電って何がすごい?日本における再生可能エネルギーのメリットを解説!|JOGMEC
海上の風力発電で電気代は安くなるの?生活への影響と将来の見通し
ビジネスパーソンだけでなく、一般の生活者にとっても気になるのが「結局、自分たちの電気代にはどう影響するのか」という点です。ここでは、海上の風力発電の大量導入が電力市場と家計に与える影響を考えます。
再エネ賦課金と電気代の関係
現在、洋上風力を含む再生可能エネルギーの導入促進のため、電気料金には「再エネ賦課金」が上乗せされています。洋上風力のコストが高い段階では、導入拡大が賦課金の増加を通じて電気代の上昇要因となる可能性があります。
しかし、発電コストが下がれば賦課金の負担も軽減されます。政府が目標とする2030〜2035年のLCOE 8〜9円/kWhが実現すれば、火力発電と十分に価格競争できる水準となり、賦課金に頼らない自立した電源として電力市場に参入できるようになります。さらに、化石燃料の国際価格変動に左右されにくい電源が増えることで、電気料金全体の安定化にも寄与すると期待されています。
中長期的に電気代はどう変わるのか
海上の風力発電が大量に導入されるシナリオでは、中長期的にいくつかのプラス効果が見込まれます。
第一に、燃料費ゼロのメリットです。風力発電は「風」を燃料とするため、LNG(液化天然ガス)や石炭のように国際市場の価格変動に直接影響されません。2022年のロシア・ウクライナ情勢で世界のエネルギー価格が高騰した際には、再エネ比率の高い国ほど電気代の上昇幅が小さかったというデータもあり、エネルギー価格の安定化装置としての再エネの価値が改めて認識されました。
第二に、電力市場での価格押し下げ効果です。再エネの限界費用(追加的に1kWh発電するためのコスト)はほぼゼロであるため、市場への供給量が増えると卸電力価格を引き下げる「メリットオーダー効果」が働きます。
ただし、これらの効果が家庭の電気代に反映されるまでには時間がかかります。系統整備のコスト負担や、天候による発電量変動への対応(調整力の確保)など、追加的なコスト要素も考慮する必要があります。総合的に見ると、2030年代後半から2040年代にかけて、海上の風力発電の大量導入が電気代の安定化・低減に本格的に寄与し始めると考えられます。
参考:洋上風力発電の動向 世界と日本における現状[第5版]|自然エネルギー財団
まとめ:海上の風力発電について押さえておくべきこと
ここまで、海上の風力発電について、基本的な仕組みから着床式・浮体式の違い、日本の政策動向、コスト構造、5つの課題と4つのメリット、そして電気代への影響まで幅広く解説してきました。
この記事のポイントを振り返る
海上の風力発電(洋上風力発電)は、海上の強く安定した風を利用する大規模クリーンエネルギーであり、世界では累計75GW超の導入を達成、日本でも2040年に30〜45GWという国家目標が掲げられています。着床式と浮体式の2つの方式があり、遠浅の海が少ない日本にとっては浮体式が将来の切り札となります。
一方で、漁業権との調整、環境アセスメントの長期化、サプライチェーンの未成熟、系統接続問題、台風・地震リスクという5つの課題も存在します。しかし、政策面での制度整備と技術革新によって着実に解決が進んでいます。
日本が「洋上風力大国」になるために必要な3つの条件
日本が洋上風力大国になるための条件は、大きく3つあります。第一に、国内サプライチェーンの早期確立。タービン部品・基礎構造物の国内製造比率を高めることで、コスト競争力が生まれます。第二に、環境アセスメントの合理化と系統整備の加速。プロジェクトのリードタイムを短縮し、投資回収の予見可能性を高めることが不可欠です。第三に、浮体式技術の商用化推進。世界に先駆けて実証実績を持つ日本の強みを活かし、アジア市場への技術輸出を視野に入れた戦略が求められます。
海上の風力発電は、エネルギー、環境、産業政策、地方創生が交差する日本の成長戦略の要です。2030年代にかけて本格化するこの巨大市場の動向を、今から注視しておく価値は十分にあるといえるでしょう。
サマリー
- 海上の風力発電(洋上風力発電)は海上の強く安定した風を活用する大規模クリーンエネルギーであり、世界の累計導入量は2023年末時点で75.2GWを突破し、2030年に向けてさらなる急成長が確実視されていると考えられる
- 日本政府は2030年に10GW・2040年に30〜45GWの導入目標を掲げ、再エネ海域利用法に基づく促進区域指定を全国で進めており、秋田県沖では国内初の大規模商業運転がすでに開始されているのが現状だ
- 着床式と浮体式の2つの方式が存在し、遠浅の海が少ない日本にとっては水深100メートル超でも設置可能な浮体式技術が将来の市場拡大の鍵を握ると考えられる
- 漁業権調整・環境アセスメントの長期化・サプライチェーン未成熟・系統接続問題・台風地震リスクという5つの課題が存在するが、政策面での制度整備と技術革新によって着実に解決が進んでいると考えられる
- 海上の風力発電は脱炭素・地域経済活性化・エネルギー安全保障・水素製造や海洋テックへの産業波及という多面的なメリットを持ち、日本の海洋産業全体を底上げするプラットフォームとなると考えられる

