藻類バイオ燃料は航空脱炭素の切り札になるか?SAFの最新動向と2030年展望

次世代養殖・バイオ

航空業界が排出するCO2は、世界全体の約2.5%を占めています(参考:国際民間航空機関 ICAO)。電気自動車や再生可能エネルギーによる脱炭素化が進む陸上輸送と異なり、長距離を高速で飛ぶ航空機は「燃料を電気に置き換える」という選択肢が現実的ではありません。

そこで世界中の航空会社や研究機関が切り札として注目しているのが、藻類を原料とするバイオ燃料、いわゆる「藻類SAF」です。

藻類は、農地を必要とせず、海水や廃水でも育ち、光合成によってCO2を吸収しながら油脂を蓄えるという、他のバイオマス原料にはない特性を持ちます。しかしその一方で、商業化に向けたコストや生産量の壁は依然として高く、「有望だが難しい」という評価が続いているのも事実です。

この記事では、藻類バイオ燃料の基礎知識から製造プロセス、世界・日本の最新動向、課題、そして2030年以降の展望まで、業界の全体像を体系的に解説します。航空脱炭素に関わるすべての方に、今押さえておくべき論点をお届けします。

藻類バイオ燃料とは?航空業界が注目する理由を5分で解説

藻類バイオ燃料とは、藻類(アルゲ)が光合成によって蓄えた油脂分を抽出・精製して作る次世代型のバイオ燃料です。原料となる藻類は、池や海水など多様な環境で育てられ、大豆やトウモロコシといった従来のバイオ燃料原料と異なり、食料と土地を奪い合わないという大きな特徴があります。また、成長速度が極めて速く、同じ面積あたりの油脂生産量は陸上作物の数十倍に達するともいわれており、スケーラビリティの面でも期待が高まっています。

航空業界がとくに注目するのには、明確な理由があります。航空機は電動化が難しく、水素燃料電池への転換も技術的なハードルが高いため、液体燃料を使い続けながら排出量を削減できるSAF(持続可能な航空燃料)の開発が急務となっています。国際航空運送協会(IATA)は、2050年までにネットゼロ排出を達成する目標を掲げており、その実現に向けてSAFの供給拡大が不可欠とされています。

参考:IATA Net Zero 2050

藻類由来のSAFは、燃焼時のCO₂排出を大幅に抑えられるうえ、既存のジェットエンジンや給油インフラをそのまま使えるという「ドロップイン燃料」としての互換性も持っています。

つまり藻類バイオ燃料は、「食料・土地・インフラ」という3つのトレードオフを同時に解消できる可能性を秘めた燃料として、航空業界のサステナビリティ戦略の中心に浮上しつつあります。技術的な課題やコスト面の壁はまだ残りますが、世界各地で実証プロジェクトが加速しており、商業化への道筋は着実に描かれ始めています。

航空脱炭素の切り札「SAF」──従来型バイオ燃料との3つの違い

SAF(持続可能な航空燃料)は、従来のバイオ燃料と同じ「生物由来の燃料」というカテゴリに属しながらも、その中身は大きく異なります。最も重要な違いは原料の多様性です。従来型バイオ燃料が主にサトウキビやトウモロコシなどの食用作物を原料とするのに対し、SAFは藻類・廃食油・農業残渣・都市ごみなど、食料供給と競合しにくい原料を幅広く活用できます。藻類バイオ燃料はその代表例であり、耕作地を必要とせず、光合成によって大気中のCO₂を吸収しながら油脂を蓄積するという特性が、食料問題と土地利用問題を同時に回避できる点で高く評価されています。

2つ目の違いは既存インフラとの互換性です。SAFは精製段階で従来のジェット燃料(Jet-A1)と化学的にほぼ同等の組成に仕上げられるため、現行の航空機エンジンや空港の給油設備をそのまま使用できます。これは「ドロップイン燃料」と呼ばれる特性で、水素や電気推進といった次世代技術が普及するまでの現実的な橋渡し役として、航空業界から強い期待を集めています。

3つ目の違いはライフサイクル全体でのCO₂削減率です。SAFはフィードストック(原料)の種類や製造経路によって異なりますが、藻類由来のSAFは理論上、従来の化石由来ジェット燃料と比較して最大80%以上のCO₂排出削減が可能とされています。

参考:IATA – Sustainable Aviation Fuels

従来型バイオ燃料では土地転用による間接排出が削減効果を相殺するケースもあり、正味の削減率が低下する問題がありました。藻類SAFはこの課題を構造的に克服できる燃料として、航空脱炭素の議論の中心に位置しつつあります。

藻類からSAFをつくる仕組み──製造プロセスの全体像

藻類からSAF(持続可能な航空燃料)をつくるプロセスは、大きく「培養」「収穫・濃縮」「油脂抽出」「精製・転換」という4つの工程に分けることができます。まず培養工程では、屋外の開放型池(レースウェイポンド)や密閉型のフォトバイオリアクターを使い、藻類に光と二酸化炭素を与えて増殖させます。藻類は種によっては乾燥重量の20〜50%程度を油脂として蓄積できるとされており、この高い油脂含有率が航空燃料の原料として注目される大きな理由です。

収穫・濃縮の工程では、培養液中に薄く分散した藻類を遠心分離や凝集沈殿によって濃縮し、続いてヘキサンなどの溶媒抽出または超臨界二酸化炭素抽出によって細胞から油脂を取り出します。この油脂抽出のコストと効率が、藻類バイオ燃料の商業化における最大のボトルネックの1つとされています。

抽出された粗油脂は、その後水素化処理(HEFA:水素化エステルおよび脂肪酸プロセス)によって不純物を除去し、ジェット燃料規格に適合した炭化水素へと変換されます。HEFAは現在、国際航空運送協会(IATA)が認定するSAF製造経路の中で最も実用化が進んだ技術であり、藻類由来の油脂にも同じ精製インフラを転用できる点が強みです。各工程のエネルギー収支と生産コストをいかに改善するかが、藻類SAFのスケールアップに向けた今後の核心的な課題といえます。

藻類SAFの商業化はどこまで進んだ?世界と日本の最新動向

藻類を原料とする持続可能な航空燃料(SAF)の開発は、世界規模で加速しています。米国ではExxonMobilと藻類ベンチャーのViridos(旧Synthetic Genomics)が高油脂含有藻株の育種に取り組み、従来比で大幅なコスト削減を目指す実証段階に入っています。またIEA(国際エネルギー機関)は、2050年のネットゼロシナリオにおいてSAFが航空燃料需要の約10〜15%を担う必要があると示しており、その供給源として藻類バイオ燃料への期待は高まっています。

参考:IEA “Net Zero by 2050”

一方、日本国内でも動きが出てきました。IHIは微細藻類「ボトリオコッカス」を活用したジェット燃料の製造プロセス研究を長年続けており、国立研究開発法人NEDOとの連携によって生産コスト低減に向けた実証実験を重ねてきました。またJALANAは2030年までにSAF比率10%を目標に掲げており、藻類由来SAFを将来の調達源の一つとして位置づけています。

ただし、商業化の壁は依然として高いのが現状です。藻類SAFは培養コストや収量の問題から、現時点では従来の航空燃料の数倍〜十数倍のコストがかかるとされています。大規模な屋外培養設備の確立や、炭素回収との組み合わせによるコスト構造の転換など、技術・経済両面での課題が残っています。世界と日本の両方で研究開発投資が続いている今が、この分野の「離陸前夜」といえるかもしれません。

コスト・生産量・技術成熟度──藻類バイオ燃料が抱える3つの課題

藻類バイオ燃料が航空分野での実用化に向けて注目を集める一方、現時点では大きく3つの課題が立ちはだかっています。第1のコスト問題では、藻類の培養・収穫・油分抽出に多くのエネルギーと設備投資が必要なため、従来のジェット燃料と比べて製造コストが数倍から10倍以上に達するとされています。航空会社がSAF(持続可能な航空燃料)として採用するには、補助金や炭素税制度なしでは経済合理性を確保しにくいのが現状です。

第2の生産量の壁は、スケールアップの難しさに起因します。実験室レベルでは高い油分収率を示す藻類株も、屋外の大規模培養池やフォトバイオリアクターに移行すると、温度・光量・CO₂濃度の管理が複雑になり、生産性が大幅に低下するケースが報告されています。現在の世界全体の藻類バイオ燃料生産量は航空燃料需要のごくわずかにとどまっており、商業スケールへの道筋はまだ途上にあります。

第3の技術成熟度(TRL)の低さも見逃せません。藻類由来のSAFは、国際規格であるASTM D7566の認証取得プロセスで他の原料と比べて遅れており、TRLは一般的に4〜6程度とされています。

参考:IEA, Aviation Biofuels

遺伝子編集技術や連続培養システムの改良によって突破口が開かれつつあるものの、航空燃料として量産・認証・供給の全サイクルを回せる段階に達するには、さらなる研究開発投資と官民連携が不可欠です。

藻類SAFに取り組む注目企業・プロジェクト一覧

藻類由来のSAF(持続可能な航空燃料)は、まだ商業化の初期段階にありますが、世界各地で意欲的な企業やプロジェクトが開発を加速させています。ここでは特に注目度の高いプレイヤーを紹介します。

米国のExxonMobil×Viridos(旧Synthetic Genomics)は、長年にわたり藻類の油脂生産性を遺伝子工学で高める研究を続けており、商業スケールでの生産コスト削減に取り組んでいます。またAlgenol Biofuelsは、藻類が光合成で直接エタノールを生成するユニークなプロセスを開発し、水資源の少ない地域でも生産できる点が評価されています。欧州ではスペインのRepsolとAlgaenergyが共同プロジェクトを推進しており、藻類バイオマスを航空燃料や化学品へ転換するバリューチェーンの構築を目指しています。

参考:IEA – Sustainable Aviation Fuels

日本国内でも動きが出てきています。IHIと東京大学が連携した「榎本藻(ボツリオコッカス)」の研究は、炭化水素系油脂を高濃度で蓄積する藻株の培養効率化に取り組んでおり、国内での藻類SAF実用化に向けた基盤技術として期待されています。

さらにデンソーとネオ・モルガン研究所による高速増殖藻類の開発プロジェクトも、生産コストを左右する培養スピードの課題に真正面から向き合う取り組みとして注目されています。これらの企業・機関が連携し、技術・資金・政策の三位一体で進める体制が整いつつあるとされています。

藻類バイオ燃料は航空脱炭素の主役になれるか?2030年以降の展望

藻類バイオ燃料は、航空業界が掲げる脱炭素目標を達成するうえで、最も有望な選択肢のひとつとして注目されています。国際航空運送協会(IATA)は2050年までにネットゼロ排出を目指す方針を打ち出しており、その実現手段として持続可能な航空燃料(SAF)の普及が不可欠とされています。なかでも藻類由来のSAFは、既存のジェットエンジンをほぼ改造せずに使用できる「ドロップイン燃料」であり、導入障壁が低い点が航空会社にとって大きな魅力です。

参考:IATA – Fly Net Zero

2030年以降の展望として、藻類バイオ燃料の商業スケールへの移行が現実味を帯びつつあります。現時点では生産コストが従来の航空燃料の3〜5倍程度とされており、コスト競争力の確保が最大の課題です。しかし、培養技術の改善・廃水や排気CO₂を活用したコスト削減策・政府補助金制度の整備が重なることで、2030年代半ばには価格格差が大幅に縮小するとみる専門家も増えています。欧州や米国では政策的な後押しも強まっており、SAF混合義務化の規制がコスト回収を後押しする構造が生まれつつあります。

一方で、藻類バイオ燃料が航空脱炭素の「主役」になるかどうかは、まだ断言できない段階です。土地・水・エネルギーの効率的な統合という課題は残っており、サプライチェーン全体でのライフサイクル評価(LCA)の透明性確保も求められます。それでも、陸上作物と競合せず、高いエネルギー密度を持つという藻類固有の強みは、他のSAF原料にはない優位性です。2030年以降、技術・政策・投資の三拍子が揃ったとき、藻類バイオ燃料は航空脱炭素を支える中核燃料のひとつとして確立される可能性を十分に秘めています。

まとめ──藻類SAFの可能性と、今押さえておくべきポイント

藻類バイオ燃料は、既存の航空機にそのまま使えるドロップイン燃料として、SAF(持続可能な航空燃料)の中でも特に注目度が高い選択肢です。原料となる藻類は農地や淡水を必要とせず、成長速度が速く、CO₂削減効果は従来のジェット燃料比で最大80%以上になるとされています。技術的なポテンシャルは非常に高く、国際民間航空機関(ICAO)も長期的な脱炭素の切り札として位置づけています。

一方で、現時点では製造コストの高さと大規模生産の難しさが普及への壁となっており、商業フライトへの本格導入にはまだ時間がかかる見通しです。日本でも研究開発投資や実証プロジェクトが進んでいますが、サプライチェーン整備や政策支援が今後の鍵を握ります。

藻類SAFは「夢の燃料」で終わらせないために、技術・コスト・政策の三位一体の進展が不可欠です。業界関係者や投資家にとっては、動向を早期にウォッチしておく価値が十分にあるテーマといえるでしょう。

Ken’s eye

・航空業界のCO2排出は世界全体の約2.5%を占め、電動化が困難な同業界において藻類SAFは脱炭素の現実解として浮上している。

・藻類は農地不要・海水対応・CO2吸収という三拍子が揃った原料であり、食料や土地と競合しない点で従来型バイオ燃料を大きく上回る。

・藻類から油脂を抽出・精製してジェット燃料規格に適合させる製造プロセスは技術的に確立しつつあるが、商業スケールへの移行は世界的にも途上段階だ。

・コスト高・生産量不足・技術成熟度の低さという3つの壁が商業化を阻んでおり、現時点では「有望だが難しい」という評価が業界の共通認識である。

・2030年以降の航空脱炭素において藻類SAFが主役を担えるかは、各国政策支援と企業投資の加速度にかかっていると考えられる。

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