港でコンテナ船を眺めていても、その船が何を燃やして走っているかは外からは分かりません。けれども今、世界の造船所で新しく発注される船の燃料は、静かに入れ替わり始めています。主役は、発電所や都市ガスでおなじみのLNG(液化天然ガス)です。
ノルウェーの船級協会DNVの集計によると、2026年1〜8月に発注された代替燃料船は242隻で、前年同期より27%増えました。そのうち63%がLNG燃料船です。8月だけを見ると、代替燃料船52隻のうち46隻がLNGでした。「アンモニアや水素が本命」と言われる一方で、実際にお金が動いているのはLNGなのです。
ただし、LNGは「きれいな燃料」と言い切れるものでもありません。燃やしたときのCO2は重油より少なくなりますが、燃え残ったメタンがエンジンから漏れ出す「メタンスリップ」という弱点を抱えています。メタンは短期的にはCO2の80倍以上の温室効果を持つガスです。LNG燃料船は脱炭素の「橋渡し」なのか、それとも「回り道」なのか。業界の評価は今も割れています。
本記事では、LNG燃料船の仕組みとエンジンの種類、メリットとデメリット、日本の海運大手の取り組み、燃料補給(バンカリング)の現状、そして規制とコストの見通しまでを整理します。用語を覚えるためではなく、「この燃料にいま投資してよいのか」を判断する材料として読んでいただければ幸いです。
LNG燃料船とは?3分でわかる基本
天然ガスを冷やして液体にし、船の燃料にする
LNG燃料船とは、天然ガスをマイナス162℃まで冷やして液体にしたLNGを燃料に使う船のことです。液体にすると体積が約600分の1になるため、船の限られたスペースにも積み込めます。
ここで混同しやすいのが「LNG船」との違いです。LNG船(LNG運搬船)はLNGを貨物として運ぶ船で、LNG燃料船はLNGを燃料として使う船を指します。LNG運搬船は昔から、積み荷から自然に気化したガスを燃料に使ってきました。一方、コンテナ船や自動車運搬船、ばら積み船がLNGを燃料にするようになったのは比較的最近のことです。本記事で扱うのは主に後者です。
ほとんどが「二元燃料(デュアルフューエル)」
現在のLNG燃料船の大半は、LNGと重油のどちらでも走れる二元燃料(デュアルフューエル)エンジンを積んでいます。LNGが補給できない港では重油に切り替えられるため、航路の自由度を保てます。
LNGだけで走る「専焼」の船もありますが、補給網が限られる外航船では少数派です。この「いざとなれば重油に戻れる」という設計は、船主にとっては保険になります。一方で、後ほど触れるように「本当にLNGで走っているのか」という点が、規制上の論点にもなっています。
LNG燃料船のメリット・デメリット
まずは全体像を表で押さえておきましょう。
| 観点 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| CO2 | 重油比で2〜3割程度減る | ゼロにはならない |
| 大気汚染 | SOx(硫黄酸化物)とばいじんがほぼ出ない | ― |
| NOx | エンジン方式によっては規制値を後処理なしで満たせる | 方式によっては後処理が必要 |
| メタン | ― | 燃え残りのメタンが漏れる(メタンスリップ) |
| 船価 | ― | タンクや燃料供給設備の分だけ高い |
| 補給 | 補給できる港が急増中 | 重油ほどどこでも補給できるわけではない |
| 将来性 | バイオLNG・合成メタンにそのまま切り替えられる | 化石燃料であることに変わりない |
大気汚染対策としての効果ははっきりしています。一方で、温暖化対策としての評価は「メタンスリップをどれだけ抑えられるか」で大きく変わります。この点は次の章以降で詳しく見ていきます。
なぜ今、LNG燃料船が増えているのか
代替燃料船の発注の6割以上がLNG
冒頭で触れたとおり、2026年1〜8月の代替燃料船の発注は242隻で、そのうち63%がLNGでした。上半期(1〜6月)に限ると137隻のうち73隻がLNGで、船種別ではコンテナ船が42隻、自動車運搬船が21隻と、この2つが大半を占めています。
2025年は代替燃料船全体の発注が落ち込んだ年でした。その後の回復を引っ張っているのもLNGです。業界団体SEA-LNGは、2026年時点でLNGを燃料にできる船が約800隻就航し、さらに約600隻が発注済みだとしています。
こうした数字を見ると、「将来の本命はアンモニアかもしれないが、今の現実解はLNG」と考える船主が多いことが分かります。
規制が「走ったぶん」を数え始めた
LNGへの移行を後押ししているのは規制です。欧州では2024年から船舶がEU排出量取引制度(EU-ETS)の対象になり、2025年からは船の燃料の温室効果ガス強度を段階的に下げさせるFuelEU Maritimeが始まりました。
どちらも、CO2を多く出す燃料を使うほど支払いが増える仕組みです。LNGは重油よりCO2が少ないため、この計算では有利になります。まだ枠組み全体が決着していない国際海事機関(IMO)の世界共通ルールも、方向性としては同じく「燃料の温室効果ガス強度」に値段をつけるものです。
アンモニア燃料船の記事でも触れたとおり、IMOのネットゼロ・フレームワークは2026年9月時点でまだ採択されていません。それでも欧州航路を持つ船主にとっては、すでに「燃料の選択がコストに跳ね返る」時代が来ているのです。アンモニアとの比較はアンモニア燃料船とは?仕組み・課題・2026年の実用化状況で詳しく解説しています。
「今発注する船」を30年使う、という事情
船は一度造ると20〜30年使います。2026年に発注した船は、2050年のネットゼロ目標の年まで現役で走っている可能性が高いのです。
そのため船主は、「今すぐ手に入る燃料で走れて、将来はよりクリーンな燃料にも切り替えられる船」を求めます。LNG燃料船が選ばれる理由のひとつは、同じタンクとエンジンのまま、バイオ由来のLNG(バイオLNG)や、CO2と水素から合成したメタン(e-メタン)に切り替えられることです。今は化石燃料のLNGで走り、将来は燃料だけを入れ替える、という道筋を描けます。
参考:https://www.lngindustry.com/small-scale-lng/04092026/dnv-provides-latest-alternative-fuel-vessel-order-figures-for-august-2026/
https://www.marinelink.com/news/alternativefuel-vessel-orders-slow-down-540882
https://www.gasum.com/en/news-and-customer-stories/articles/2026/lng-as-a-marine-fuel-what-it-is-where-it-stands-and-why-it-matters-in-2026/
LNG燃料船の仕組み ── タンクとエンジンの2つの要素
LNGタンク ── マイナス162℃を保つ魔法瓶
LNG燃料船でもっとも場所を取り、費用もかかるのが燃料タンクです。マイナス162℃の液体を保つには、断熱性の高い特殊なタンクが要ります。
主な方式は2つあります。
- 独立型(タイプC)タンク: 円筒形の圧力容器で、構造が単純で扱いやすい方式です。中小型船でよく使われますが、円筒形のため船内の空間を無駄にしやすい面があります。
- メンブレン型タンク: 船体の形に合わせて薄い金属膜で覆う方式です。空間を有効に使えるため、大型コンテナ船などで採用されています。
LNGは同じ熱量あたりの体積が重油より大きいため、同じ距離を走るにはより大きなタンクが必要です。貨物を積むスペースが削られる点は、船主にとって見逃せないコストになります。
エンジンは3方式 ── 違いは「メタンの漏れ方」
LNG燃料船のエンジンは、大きく3つの方式に分かれます。違いを生むのは、燃料ガスをどのような圧力で、どのタイミングで燃やすかです。
| 方式 | 特徴 | メタンスリップ |
|---|---|---|
| 低圧オットー(中速4ストローク) | 発電機や中型船で多い | 多い |
| 低圧オットー(低速2ストローク) | 大型船の主機で普及 | 中程度 |
| 高圧ディーゼル(低速2ストローク) | 燃料ガスを高圧で直接噴射 | 少ない |
国際クリーン交通委員会(ICCT)が使う係数では、メタンの排出量は中速の低圧オットーで1kWhあたり約5.5g、低速の低圧オットーで約2.5g、高圧ディーゼル方式で約0.2gとされています。同じ「LNG燃料船」でも、エンジンの選び方でメタンの漏れ方が1桁以上違うのです。
一方、低圧オットー方式にはNOx(窒素酸化物)が少ないという利点があります。排ガス処理装置なしでも厳しいNOx規制を満たしやすく、船価や運用コストの面では有利です。メタンを取るか、NOxを取るか。エンジン選びにはこうしたトレードオフがあります。
安全のルール ── IGFコード
ガスや低引火点燃料を使う船には、IMOのIGFコード(ガス等の低引火点燃料を使用する船舶の安全に関する国際規則)が適用されます。燃料配管を二重にする、ガスを検知したら自動で遮断する、タンクの配置を衝突時に損傷しにくい位置にする、といったルールがここで定められています。
LNG燃料船の運航には、このコードに沿った訓練を受けた船員が必要です。検索エンジンで「lng燃料船」と打つと「資格」が候補に出てくるのもそのためでしょう。燃料が変わると、船そのものだけでなく、乗組員の教育まで変わるのです。
参考:https://www.sustainable-ships.org/stories/2025/fuel-emissions-properties

最大の弱点「メタンスリップ」をどう見るか
メタンは短期ではCO2の80倍以上効く
メタンスリップとは、エンジンで燃え切らなかったメタンがそのまま排気に混じって大気に出ていく現象です。問題は、メタンの温室効果の強さにあります。
IPCC第6次評価報告書によると、メタンの温暖化係数(GWP)は100年換算でCO2の約27〜30倍、20年換算では約81〜83倍です。燃焼時のCO2を2割減らしても、燃え残りのメタンが一定量を超えれば、温室効果の削減効果は小さくなるか、場合によっては逆転します。
そのため「LNG燃料船は本当に温暖化対策になるのか」という議論は、どの期間のGWPで数えるか、どのエンジンを使うかによって結論が変わります。ここが、LNGの評価が割れる最大の理由です。
規制は「実測」に寄せ始めている
これまで規制では、メタンスリップを一律の既定値で計算するのが一般的でした。たとえばFuelEU Maritimeでは、中速の低圧オットーエンジンの既定値が燃料の3.1%とされています。この3.1%というメタンスリップの扱いだけで、EU-ETSのコストの約4分の1を占めるという試算もあります。
一方、IMOでは2026年のMEPC 84(海洋環境保護委員会)で、LNGエンジンのメタンスリップを計測・計算する方法の新しいガイドラインが採択されました。既定値ではなく、エンジンごとの実測値を使えるようにする動きです。メタンの漏れが少ないエンジンを積んだ船ほど、規制上も有利になっていきます。
逆に言えば、既定値より多く漏れている船は、実測が進むほど不利になります。エンジンメーカーにとっては、メタンスリップの少なさそのものが商品の競争力になりつつあります。
日本の対策 ── 触媒とエンジン改良
日本では、NEDOのグリーンイノベーション基金「次世代船舶の開発」プロジェクトのひとつとして、商船三井などが触媒とエンジン改良によるメタンスリップ削減技術の開発に取り組んでいます。排気中のメタンを触媒で分解する方法と、燃焼そのものを改良して燃え残りを減らす方法を組み合わせる考え方です。
メタンスリップを大きく減らせれば、LNG燃料船の「橋渡し」としての評価は固まります。逆に削減が進まなければ、規制の強化とともにLNG燃料船の優位は目減りしていくでしょう。この技術開発の行方は、LNG燃料船に投資する事業者にとって重要な注目点です。
参考:https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001735437.pdf
https://www.climatiq.io/data/emission-factor/fa0ca35d-799d-468f-8998-73d423f216ac
https://green-innovation.nedo.go.jp/resources/pdf/development-next-generation-vessels/item-003/vision-mol-004.pdf
https://note.com/deltacf/n/ne200ba29e35e
日本の海運大手はLNG燃料船をどう使っているか
日本郵船 ── 船種ごとに「世界初」「国内初」を積み上げる
日本郵船は、LNG燃料船を多様な船種に広げてきた会社です。2023年には、パナマックスサイズのばら積み船として世界初のLNG燃料船「松陽」を大島造船所で建造し、九州電力向けの発電用石炭輸送に投入しました。
2024年には、JFEスチール向けのLNG燃料ケープサイズ・バルカー「SG OCEAN」がジャパンマリンユナイテッド(JMU)で完成しました。国内の造船所が建造した初めてのLNG燃料ケープサイズです。荷主となる電力会社や鉄鋼会社と組み、長期の輸送契約とセットで船を整備しているのが特徴です。
商船三井 ── 2030年までにLNG・メタノール船90隻
商船三井は、2030年までにLNGまたはメタノールを燃料とする外航船を90隻整備する目標を掲げています。大型のばら積み船や原油タンカーなど、これまで重油が当たり前だった船種にもLNG燃料船を広げています。
数十隻単位の目標を掲げていることからも分かるように、日本の大手海運会社にとって、LNG燃料船はもはや実験ではなく船隊の主力の一部です。
造船所 ── 国内各社が建造実績を持つ
「大島造船 lng燃料船」「常石造船 lng燃料船」「名村造船 lng燃料船」といった検索候補が並ぶことからも分かるように、国内の主要な造船所の多くがLNG燃料船の建造に関わっています。ばら積み船を得意とする国内造船所にとって、LNG燃料船の建造実績は、次の代替燃料船の受注に向けた足がかりにもなります。
海運のデジタル化の流れについては海運DXの解説記事でもまとめています。燃料の転換とデジタル化は、どちらも船の運航を根本から変える動きです。
参考:https://www.nyk.com/stories/04/01/20250523.html
https://www.mol.co.jp/pr/2023/23152.html
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC252TQ0V20C22A8000000/

燃料補給(バンカリング)── 船より先に港が問われる
世界では222港で補給できる
船がいくら増えても、燃料を補給できる港がなければ走れません。LNGを船に補給することをLNGバンカリングと呼びます。
SEA-LNGによると、LNGバンカリングは世界222港で利用でき、2026年半ば時点でLNG燃料を運ぶ専用のバンカリング船は67隻が稼働し、さらに42隻が発注済みです。2026年末までにさらに57港で設備が整う見込みとされています。
需要も伸びています。世界最大の燃料補給港であるシンガポールでは、2026年1〜3月期のLNGバンカリングが前年同期比48%増の15万トンに達しました。ロッテルダムとアントワープ・ブルージュを合わせた量も44%増えています。
補給の3つの方法
LNGバンカリングには主に3つの方法があります。
- Ship to Ship(船から船へ): バンカリング船が停泊中の船に横付けして補給します。大型船向けの主流です。
- Truck to Ship(タンクローリーから船へ): 岸壁でタンクローリーから補給します。少量で済むフェリーや小型船向けです。
- Terminal to Ship(陸上タンクから船へ): 陸上の基地から配管で直接補給します。
大型のコンテナ船は荷役の間に燃料を補給したいため、荷役と並行して補給できるShip to Shipの体制が港の競争力を左右します。
日本の体制 ── 九州・瀬戸内で本格稼働
日本では、国土交通省の後押しを受けてLNGバンカリング拠点の整備が進められてきました。日本郵船、九州電力、伊藤忠エネクス、西部ガスの合弁会社KEYS Bunkering West Japanが運航するLNGバンカリング船「KEYS Azalea」は、2024年3月に三菱造船下関工場で完成し、同年4月から九州・瀬戸内地域で補給事業を始めています。
ただ、シンガポールやロッテルダムと比べると、日本の港の補給量はまだ小さいのが実情です。アジアの航路でどの港が「燃料を入れる港」として選ばれるかは、日本の港湾の国際競争力に直結します。港と海洋エネルギーの関係は海洋エネルギーと港湾の記事でも取り上げています。
参考:https://shipandbunker.com/news/world/310446-lng-bunkering-now-available-at-222-ports-globally-sea-lng
https://www.marinelink.com/news/sealng-lng-bunkering-surging-539984
https://www.nyk.com/news/2023/20230712_02.html
https://www.mlit.go.jp/report/press/port02_hh_000154.html
アンモニア・メタノールとどう違う?燃料の比較
4つの燃料の早見表
船の脱炭素をめぐっては、LNGのほかにメタノール、アンモニア、水素が競っています。それぞれの立ち位置を整理しておきましょう。
| 燃料 | CO2(燃焼時) | 技術の成熟度 | 補給網 | 主な課題 |
|---|---|---|---|---|
| LNG | 重油比2〜3割減 | 高い(実績多数) | 世界222港 | メタンスリップ |
| メタノール | 化石由来は削減小 | 実用段階 | 拡大中 | グリーン品の供給量 |
| アンモニア | ゼロ | 実証段階 | ほぼこれから | 毒性・N2O |
| 水素 | ゼロ | 実証段階 | ほぼこれから | 貯蔵の難しさ |
今すぐ大型船を動かせる実績と補給網を持つのはLNGだけです。一方で、燃料そのものがCO2を出さないのはアンモニアと水素です。この「今の現実性」と「将来のゼロ排出」をどう両立させるかが、船主の悩みどころになっています。
LNGの強み ── 燃料を「中身だけ」入れ替えられる
LNGが他の燃料と違うのは、同じ船のまま、燃料の中身を化石燃料から非化石燃料に切り替えられる点です。バイオLNGや、再生可能エネルギー由来の水素とCO2から作るe-メタンは、成分がほぼ同じメタンなので、タンクもエンジンもそのまま使えます。
FuelEU Maritimeでも、液化バイオメタンは通常のLNGと並んで排出係数の表に明記されています。船を造り替えずに燃料だけを脱炭素化できるこの道筋は、「LNG経路(メタン・パスウェイ)」と呼ばれ、SEA-LNGなどLNG陣営が強く打ち出している論点です。
LNGの弱み ── 「行き止まり」になるリスク
ただし、バイオLNGやe-メタンが十分な量と価格で手に入るかは、まだ分かりません。もしそれらが普及しなければ、LNG燃料船は化石燃料のLNGを燃やし続けることになり、規制が厳しくなるほど不利になります。
また、メタンスリップの問題は燃料がバイオLNGでもe-メタンでも変わりません。燃料の出どころがクリーンでも、エンジンから漏れるメタンは温室効果ガスとして数えられます。LNG燃料船が「橋渡し」になるか「行き止まり」になるかは、非化石メタンの供給とメタンスリップ対策の両方にかかっているのです。
参考:https://sea-lng.org/2026/07/methane-pathway-2026-mid-year-market-review/
https://www.gasum.com/en/news-and-customer-stories/articles/2026/eu-ets-and-fueleu-maritime-the-double-dividend-of-lng-compliance-in-2026/
事業者・投資家が押さえるべき4つの視点
視点① 規制は「燃料」だけでなく「エンジン」を見始める
これまで規制上の議論は「どの燃料を使うか」が中心でした。しかしメタンスリップの実測ガイドラインが整うと、同じLNG燃料船でも、エンジンの方式によって規制上の評価が分かれていきます。発注時のエンジン選定が、20年以上にわたる規制コストを左右すると考えておく必要があります。
視点② 二元燃料船は「実際にLNGで走っているか」が問われる
二元燃料船は、LNGが高いときには重油で走れます。これは船主にとっての柔軟性ですが、裏を返せば「LNG燃料船として登録されていても、実際には重油で走っている」可能性があるということです。荷主や投資家が脱炭素の実績を評価するときには、船の仕様ではなく、実際の燃料消費の内訳を確認することが大切です。
視点③ 補給港の選択が航路の採算を変える
LNGの補給ができる港が限られるため、航路の組み方そのものが燃料の選択に影響されます。シンガポールやロッテルダムのように補給量が急増している港を航路に組み込めるかどうかで、LNG燃料船の使い勝手は大きく変わります。港湾関係者にとっては、バンカリング体制の整備が寄港誘致の条件になりつつあります。
視点④ 人材 ── 燃料が変われば船員の技能も変わる
LNG燃料船の運航には、IGFコードに沿った訓練を受けた船員が必要です。LNG燃料船の隻数が増えるほど、こうした船員の確保が課題になります。アンモニアや水素の時代が来れば、さらに別の訓練が必要です。燃料転換は、船員教育の転換でもあるのです。自動運航など船の運航の変化については自動運航船の解説もあわせてご覧ください。
まとめ
LNG燃料船は、天然ガスを冷やして液体にしたLNGを燃料に使う船です。燃焼時のCO2を重油より2〜3割減らせるうえ、SOxやばいじんをほぼ出さないため、大気汚染対策としての効果ははっきりしています。2026年1〜8月の代替燃料船の発注の63%をLNGが占め、世界では約800隻が就航、約600隻が発注済みです。「将来の本命」がまだ決まらない中で、今もっとも多く選ばれている代替燃料だと言えます。
一方で、燃え残ったメタンが漏れ出すメタンスリップという弱点があります。メタンは20年換算でCO2の80倍以上の温室効果を持つため、エンジンの方式や漏れの量によっては、温暖化対策としての効果が大きく目減りします。IMOが2026年にメタンスリップの実測ガイドラインを採択したことで、今後は「LNG燃料船かどうか」ではなく「どれだけ漏らさないか」が問われる時代になっていきます。
LNG燃料船が脱炭素の「橋渡し」になれるかどうかは、バイオLNGやe-メタンといった非化石メタンの供給と、メタンスリップ対策の進み具合にかかっています。補給網は世界222港まで広がり、日本でも九州・瀬戸内で補給事業が始まりました。燃料、エンジン、港、船員。この4つが揃って初めて、LNG燃料船は本当の意味で役割を果たせるはずです。
Blue Economistaでは、海運の燃料転換をはじめ、ブルーエコノミーをめぐる技術と市場の動きを引き続き発信していきます。
Ken’s eye|LNG燃料船を「メタンの会計」で読む
- LNGの発注増は、脱炭素への確信ではなく、規制の不確実性へのヘッジだ。 IMOの世界共通ルールが決まらない中で、船主は「今すぐ走れて、後から燃料を入れ替えられる」船を選んでいる。代替燃料船の発注の6割以上がLNGに集まるのは、LNGが最適解だからではなく、最も後悔の小さい選択肢だからだと考えられる。
- 勝負を分けるのは燃料ではなく、エンジンの方式だ。 低速の高圧ディーゼル方式と中速の低圧オットー方式では、メタンの排出係数に1桁以上の差がある。実測ベースの規制が浸透すれば、同じ「LNG燃料船」でも規制コストに差がつく。資産価値を評価する側は、船種や船齢と並んでエンジンの方式を見るべきだ。
- 「メタン・パスウェイ」の成否は、非化石メタンの価格で決まる。 バイオLNGやe-メタンに燃料だけを入れ替えられることがLNG燃料船の最大の強みだが、それらが化石LNGと戦える価格で大量に供給される見通しはまだない。この供給が立ち上がらなければ、2020年代に造られたLNG燃料船は2040年代に規制上の座礁資産になりうると考えられる。
- 港の勝敗は、船より先に決まる。 シンガポールのLNGバンカリングは前年同期比48%増と、補給量が集中する港ほど設備投資が回収しやすく、さらに寄港が集まる循環が生まれている。日本の港がこの循環に乗り遅れれば、LNG燃料船が増えるほどアジアの燃料補給の拠点から外れていくことになる。
- 荷主の脱炭素評価は「仕様」から「実績」に移る。 二元燃料船は重油でも走れる以上、LNG燃料船を使っていること自体は削減の証明にならない。実際の燃料消費の内訳とメタンスリップの実測値を開示できる船主が、荷主の選別で優位に立つと考えられる。
見るべき先行指標: ①2026年末のIMO会合でのネットゼロ・フレームワークの扱いと、メタンスリップの算定方法 ②DNV AFIで毎月公表されるLNG燃料船の発注数と、エンジン方式の内訳 ③バイオLNG・e-メタンのバンカリング実績と、化石LNGとの価格差
—
参考:https://www.lngindustry.com/small-scale-lng/04092026/dnv-provides-latest-alternative-fuel-vessel-order-figures-for-august-2026/
https://sea-lng.org/2026/07/methane-pathway-2026-mid-year-market-review/
https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001735437.pdf
